東洋医学って何だろう?その2

東洋医学の話の続きです。

 「漢の国から来た医学」を「漢方」と呼んだと書きました。しかし、我が国に導入された5~6世紀から飛鳥・奈良時代には、中国大陸の「漢」は、前漢・後漢ともとっくに無く、三国、晋、五胡十六国、南北朝時代を経て、すでに隋・唐の時代でした。

 

 我が国の「東洋医学」の元となった中国大陸の伝統医学は、今からおよそ2000年前の前漢の時代、紀元前200年頃に「黄帝内経【素問】・【霊枢】」と言う書物によって、それまでの大量の治療経験をまとめ、体系化され成立しました。

  つまり、「漢方医学」とは、「漢の国から伝来した医学」では無く、「漢式医学」と言う理解が正しいでしょう。

 

 この「漢式医学」の成立の基礎となった「黄帝内経【素問】・【霊枢】」という書物は、基礎理論の【素問】と技術書、実践書の【霊枢】と評されます。

 【素問】は、自然観察による天文学、薬学、易学、運命学など幅広い領域について述べ、医学書と言うよりも古代の科学書とでもいう書物です。

 

 自然科学(sience)の目的は何かと言うと、簡単に言ってしまうと、「自然を動かす根源的な、宇宙から原子のレベルまで一貫した『決まり(法則)』を見出すこと」と言えます。

 そうした視点から、東洋哲学における「易経」からの一連の流れの中で「黄帝内経」に至る道を評価すれば、ギリシア科学の後継の現代の自然科学とは別のルートで体系化された、これもまた「科学(sience)」の一分野としての医学なのだ、と言うべき内容です。

 ボーアハイゼンベルグシュレーディンガーカプラユングなど優れた科学者たちが、東洋哲学に傾倒したのも故無きことではありません。

 

  5~6世紀以降、我が国で、近現代に至るまで独自の発達を遂げたこの医学は、発祥地の中国大陸でも、基礎を同じくしながらも、文化、風俗、時代背景などの違いから、我が国とはまた異なった発展・継承をされました。

 現代の研究では、三国時代、五胡十六国時代という長い戦乱、飢餓、疫病、北方民族の流入によって、漢人はほとんど絶滅したとされます。

  しかし、その後も隋・唐は鮮卑族系、元はモンゴル、清は満州族・女真族という「漢」とは異民族でありながらも受け継がれていった事からも、この「漢式医学」がいかに優れた医学体系であったかがうかがい知れます。

 

 東洋医学は様々な事を教えてくれます。歴史学者にも解明することが難しいであろう事柄も東洋医学を学ぶことで知る事が出来ます。

 ヒトのカラダは2000年では変わりません。

 歴史学であれば、史跡や文献の発掘を待たなければ分からない事も、この生きた歴史的遺物を学べば、古代の人々の叡智を通じ、思想・哲学や生活習慣に触れる事が出来ます。

 

 

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