東洋医学って何だろう?その3

東洋医学は、どのように始まったのでしょうか。


 今から、約二〇〇〇年前にまとめられた書物、「黄帝内経(こうていだいけい)」は、多くの篇が伝説の帝王黄帝と師の岐伯の問答形式で書かれています。

 その中の「異法方宜論篇」には、はり、灸、漢方薬などの東洋医学が生まれたいきさつについて、黄帝の問いに岐伯が答える様子が書かれています。
 もちろん、本文は古い漢文で書かれていますので、現代的に分かりやすく翻訳してみます。

『中国大陸の東は海に近く、魚をよく食すの体内に熱を持ちやすく、塩分の摂取も多いため、血液が粘り、流れが悪くなります。それゆえ、人々の肌は浅黒く、きめが粗いのです。そのため、デキモノができやすくなります。そこでデキモノを切り開く、石でできたメスのような砭石(へんせき)を使う外科療法が発達いたしました。』

『中国大陸の西は金属や玉を産する砂漠地帯で、人々は丘陵に住んでいます。乾燥した気候で、土は粗く、風が強いので、獣の毛皮を着て、草むしろに座って生活します。乳製品や獣肉の摂取が多いので体がよく肥えています。そのため、体の外から病気になることはありませんが、内臓に病気が多くなります。その場合、薬物を煎じ洗い流さなくてはなりません。ですから、薬物療法が発達いたしました。』

 砭石(石のメス)は東方より、湯液(薬)は西方より伝来したと述べています。このように、各地方の自然環境や人々の生活環境に即して治療法が発達したことがうかがえます。

 古代インド医学やシュメール、ギリシア、イスラム、チベットの医学や、大陸の民族の移動、漢に先行する周と殷の伝説や考古学的知見、漢字の成り立ちなどを研究すると、本文中にさらりと書かれていますが意外にこれが真実の様です。

 

 ところで、人が亡くなった時の報告などに使うやや古い表現に、「薬石効(やくせきこう)なく長逝いたしました」などと使います。これは、薬剤や医者・家族の手当ても空しく亡くなったことを意味します。また、身のためになる忠告を「薬石の言」と言いますが、ここから来ています。薬は漢方薬、石は砭石のことです。

 

 

大阪市都島区都島本通2-11-8アベニール1F
鍼灸・整骨 杏総合治療所
TEL/FAX 06-6925-2323

杏 総合治療所

〒534-0021

大阪市都島区都島本通2-11-8アベニール1F

TEL/FAX:06-6925-2323

 

 ※来院前には必ず、

【施術をお断りする場合】

をご覧下さい。

  お互いに時間と費用の無駄を避けましょう。

医療関連ニュース解説・評論、治療所の日常など

小児鍼の説明など

治療の体験談、感想など

研修制度利用者の感想など

サイト内検索 杏索an's search

お知らせ

ホーム
ホーム

このHPは、杏 総合治療所に通院中の患者さん、これから来院される方の為の参考ページです。

不特定多数の方を対象としておりません。

そのため、必要情報が無いというお問い合わせには対応しかねますのでご了承ください。